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いったん「2匹+1人」の中くん・新さん・スス子の CANYOUFEELブログは、しばらくお休みに入らせて頂くことになりました


その間、別ブログの
中泽StrangeChameleonログ‐
カメレオンの如く、多様な変化を遂げてゆく一介の男子。中国(大連)帰りで現在東京大田区在住。ニックネームは「サテュ」

の中でお会いできたらと 思います



では!
再見(zàijiàn、ザイジェン、またね)

  # by wakeup-susu | 2008-10-29 21:29 | 日々ノ綴り・記録

oasis謝謝,予定調和のとれない私

Oasis - Champagne Supernova


Where were you when we were getting high
我们变得高(贵)的时候,你在哪里(wŏ men biàndé gāo*guì nǐ zài né lǐ)」



この前行ったライヴ・スペースシャワー列伝BIG08 @ SHIBUYA-AXで、
髭(HiGE)のボーカル・須藤寿はこう言いました


「みんなは予定調和が好きかい?俺は予定調和が嫌い。予定調和な世の中なんてクソッたれだよ」


ロック・スターは、勿論それでいいと思う
だた、今の私には予定調和こそが心の安定なのです

その調和がとれていない今まさにこの時に、偶然上記のoasisの曲を聴いたのです
一気に心がふわっと軽くなりました
それはUK MUSICの真髄を味わったかのような感覚でした




ありがとう ギャラガー。




調和が取れた日々に戻ったら、また日々の思案から開始していきたいと思います


  # by wakeup-susu | 2008-10-28 22:55 | 日々ノ綴り・記録

世界を股にかけた凄い日本人がいた

家から本を持ってくるのを忘れたまま電車に乗ってしまったので、帰りの電車を乗る前に上記タイトルの文庫本を本屋にて買って読んでみました
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309497044

まだ全て読み終わっていませんが、世界に対してひらけていった日本人が多数書かれています


杉原千畝
6000人のユダヤ人の命を救った「日本のシンドラー」


永井隆
被曝した体で平和を訴え続けた医師


鳥居龍蔵
東アジアの現地調査を最初に行った小学校を中退して人類学者になった人


田内千鶴子
韓国で孤児3000人を慈しみ育てた日本人オモニ


新渡戸稲造
世界中が注目した「武士道」の著者


西岡京治
ブータン王国の農業を発掘させた農業指導者


加納治五郎
柔道を世界に広めた講道館柔道の創始者



これは一部ですが、たくさんの日本を形作った・世界に日本を知らしめた方々が紹介されています

このそうそうたる人物の中に 自分の名が入る ということを想像してしまう私は、
ただの夢見がちな少年に他ならないのでしょうか

いえ、現実の鏡を見ればそこには【まだまだ十二分は青二才】な人間しか映っていません


そんな青二才なりに、ふとひとつの音楽に感動して 【生と死】 について目を回すように考えました
その曲を紹介します

SPECIAL OTHERS - Uncle John


Today when I see me, when I see me in your eyes
Hello, hello how do you do?
Why don't you come with me


このメ曲のロディの中に、『ひとつ人生の歩み』みたいなものがあるように聞こえて仕方がない私がいます
作った人がどんな想いで作ったか分からない、 ただ自分がどう捉えるかなんて、タイミングと感覚の問題だから、誰がなんと言おうと私はSPECIAL OTHERSの音楽の結晶を信じ続けます
(映像を観ないで音楽だけ聴いている方がいいかもしれません)














突然変わって、ちょっと重い話題ですが
生と死
の想像をすると、大体必ず母親のことを思い出します


私は上京して自主製作映画活動をしている時、二番目の弟が初めて世の中で働いてた時、三番目の子供が高校2年生のだった時
母親はこの世から去っていきました


その時の祖母落ち込みようは、私たちが見ていて心配になる程のものでした
祖母にとっては厄年だったのだと思います

それは、母親の兄(祖母の子)も前の年に亡くなっていたからです

祖母からしたら2年間連続で自分の子供が先に逝ってしまうなんて、想像をはるかに越えてしまうものがあります


ただ、今考えてみると 私は母が亡くなった後も しばらくは「人生に盲目」でした

葬儀などの催しが終わって、東京に戻った後もしばらく私の妄動は止まっていませんでした
その分のつけは、後ほど大きく返ってきましたが…



何度見て涙してしまう映画「ニューシネマ・パラダイス」の劇中のこの台詞。
アルフレードがサルヴァトーレに向かっていうこの台詞が、私にも当てはまるのです

「私は盲目だが、
今のおまえは 私以上に盲目だ」



盲人の人が普通の人より多感覚になることは知られていますが、目の前のことに盲目になってしまっているサルヴァトーレに対して、気づいてほしかったが故の台詞でした







そして、
「自分のすることを愛せ。こどもの頃、
映写室を愛したように」



私も歩むよアルフレード、 自分の往く道の上を。



最近、何故かこんな風に母親の事を思い出してしまう自分がいるのは、魂みたいな形として自分の中に入ってきている母親が何かを私に告げたいのでしょうか


生前、母親は友人と近所の銭湯に行くのがとても好きな人でした
この前実家に帰った時に、隣の家の奥さんに聞いてみたら ママさんバレーを小学校の体育館で行ったあとは、毎回のように友人と行っていたそうです

その繋がりもあり、葬儀の際、喪主自体は父親がやったのですが、別れの言葉の文章は長男の私が作って読みあげました
その言葉の中で私は 「生前母が好きだった銭湯を、いつか自分の手でが建てたいと思っています」 と宣言しました


この時は、やはり地元に作るのが一番だと思っていたのですが、スーパー銭湯も含めて温泉も簡易化しされてきているこの日本の現状で、なにも無理に日本に作ることはないんじゃないのか というような考えがアジアを廻った後、芽生えてきました

この広いユーラシア大陸の土地に、日本の湯船の文化を築いてもいい場所があれば、そこでもいいのではないかと思えるのです


なので、おじさんくらいの年代になってからの話だと思いますが、「世界を股にかけた」なんて上記の歌い文句は無理ですが、 『母親に対して温かい思いやりを持った猫研究家』 なんて言葉を添えてもらえたら本望かと思ったので…

































ここで なぜか突然初めての句が浮かび上がりました


その道も  目差すべき高みのものから見するなら

またはばかる程  道なき道  なり








成熟とした想像力を持つように心がけると、人生って うまく働きかけてくるものなのですね

  # by wakeup-susu | 2008-10-25 22:52 | 日々ノ綴り・記録

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